【つれづれ】小説を書きたいな、とかなんとか考えている件

 

こんにちは、講師のNです。

 

今回は全く英語に関係ない記事です。

 

小説を書こうかな、と思い立ったので、自分の思考をまとめるために&記録に残しておくためにつらつらと書き連ねてみました。

 

コロナの1年

コロナの影響なんでしょうか。友人との飲み会も減り、仕事を除いては、家に引きこもることも増えました。そのせいか考え事をする時間が増えたんですね。

 

 

「あの時ああしていたら」

 

「俺はこのままでいいんだろうか」

 

等々です。

 

 

講師としての仕事はまあ軌道に乗っていて、待遇とか働き方諸々についてあまり不満はありません。たまに「こっちの塾を手伝ってくれないか」などと、新しく塾を立ち上げた知り合いの先生から面白いお仕事を頂くこともあったりと、本業はそれなりに充実しています。

 

 

ただ、一方で過去を振り返ったり、未来をのぞき込んだり。そんな「余計なこと」をする機会が増えたんですね。

 

特に友人の輝かしい活躍を耳にした時などはそうです。本を出版しただとか、どこぞの教授になっただとか。わたしは元来心の狭い人間なので、表向きは「おめでとう」と祝福しつつも、心の裡では「ちくしょう」とか感じてしまうのです。正直、羨望とか嫉妬とか悔しさとか、決してポジティブとは呼べない感情がぐるぐるぐるぐると頭の中を渦巻くのですね。ひどいときは、1週間くらいそれに悩まされることもある。

 

 

どうしてそんな風に感じてしまうのか? ちょっと自分なりに考えてみました。

 

 

で、出た結論の一つがこれです。

 

 

「ああ、やりたいことをフルにやっていないからだな」

 

 

現実世界ではこれまで一度も言ったことがないですし、これから言うつもりもないのですが、わたしは一時期、小説家になることを結構本気で志していました。

 

どうにも芽が出そうになく、30歳を超え、本業の講師の仕事が充実してきたところで筆を置いてしまいましたが、文章を書く、自分なりに物語を紡ぐという行為は、どこかで心のはけ口として機能していた気がするのです。思えば、パソコンに向かい、自分なりにへたくそな物語を作り上げている瞬間こそが、わたしにとって最も充実した時間であったのです。

 

はけ口を失って10年弱。その間仕事に忙殺され(あるいは忙殺されたふりをして)、心に溜まる膿を意識せずに生きてきましたが、コロナで内向きに意識が向かうにつれ、やはり自分には小説を書くという心のはけ口が必要なんだと気がつきました。

 

 

というわけで、短い短編のようなものをぽつぽつと書いて行けたらなと考えています。(仕事もあるので、長いものを書くのは少ししんどい…)

 

本サイトの「その他カテゴリー」に投稿していくか、新しくサイトを立ち上げるか、はたまたnoteなどのプラットフォームを利用するかは現時点では未定です。が、まあ、とにもかくにも、どうにかこうにか何かしらを書いていけたらなとは思っています。

 

以上、新年度の所信表明(?)でした。ちゃんちゃん。

 


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