大好評? につき、「歌から学ぶEnglish」第二弾をやっちゃいます。
洋楽から文法事項を学んでしまいましょう。楽しく、楽しく、そして楽しく。
英語のみならず、勉強って本来楽しいものなんです。楽しくないのは、ハッキリ言って教師の力量不足と思います(自戒を込め)。
というわけで、今回の題材はコチラ!
- 文法事項:知覚動詞(hear O V)
- 課題曲:イーグルスの『ホテルカリフォルニア (The Eagles “Hotel California”)』
知覚動詞とは?
知覚動詞とは、「知覚」という言葉の通り、「見る、聞く、触る」など、五感に関係する動詞のことです。
* taste (味がする)やsmell (匂いがする)はちょいと例外的な扱いになりますが、今回は置いておきます。
で、この知覚動詞ですが、ちょっと特殊な形をとるんです。
今回はhear (聞く)を例に考えてみましょう。hearがとる特殊な形はコチラ。
hear + O + V:OがVするのを聞く
知覚動詞の真後ろにO (目的語)、その次にV (動詞)を続け、「OがVするのを~する」という訳になります。
特殊な形なので、歌でそのまま覚えてしまおう、というわけです。
ホテルカリフォルニア【知覚動詞】
さて、今回の課題曲・ホテルカリフォルニアを頭から見ていきましょう。
ちなみにこの歌、超深いです。
深い、というかワケわからん。ワケわかってないのを筆者自身「深い」という言葉でごまかそうとしているわけですがそれはさておき、超深いです。
歌は主人公が砂漠のハイウェイを走っていて、「ホテルカリフォルニア」という場所へ迷い込むところから始まります(例のごとく超意訳)。
夜の砂漠のハイウェイを走っていると、冷たい風がぼくの髪をなでつける
コリタス(註:ヤバいクスリ)の生暖かい香りがあたりに立ち上る
~(中略)~
頭がボンヤリしてきたので、一晩そこで過ごすことになった
~(中略)~
ぼくは心の中で考える
「これは天国か、それとも地獄か」
彼女は蝋燭に火をともし、ぼくを案内してくれる
すると、廊下の奥から 声が聞こえた
声は、こんな風に呼びかけてくるようだった
ようこそ! ホテルカリフォルニアへ!
The Eagles “Hotel California”より(以下同様)
長めに引用しました。というのも、この歌ってストーリー仕立てになっているんですね。できるだけ歌詞を頭からトレースしてほしいんです。この不気味な雰囲気。怪しげな雰囲気を。
ひとことで表現すれば、「砂漠をさまよっていたところ、ホテルカリフォルニアという怪しげな場所へ迷い込んでしまった」そんな感じです。
ただ、ここで言う「ホテルカリフォルニア」がなんの暗喩になっているのかはわかりません。
個人的には、生きるうちに方向性を失ってしまい、「人生の穴」にはまってしまった。迷い込んでしまった。そんな風に解釈しています。
わたしの場合、サラリーマンになった直後、この歌を聴きまくりました。たぶんこの歌の主人公に、サラリーマン社会へ迷い込んでしまった自分を重ね合わせたんだと思います。
そんな歌の雰囲気を押さえたうえで、英語の歌詞を見ていきます。
取り上げた歌詞の最後の部分、「声はこんな風に呼びかけてくるようだった」が今回のポイントです。超意訳してますが、ちゃんと文法に沿って訳してみましょう。
I heard them(O) say(V).
*(O), (V)の部分は筆者追記
ハイ。”hear O V”の形になってますね。”heard”は”hear(聞く)”の過去形、”them”は”O”、”say”は”V”にあたります。
つまり直訳すると、「わたしは、彼らが (Oが)、言う (Vする)のを聞いた」となります。
まさに”hear O V”知覚動詞の定型パターン通りの訳ですね。リズムもいいし、歌を何度か聞けばスッと覚えてしまえそうです。
おわりに【超蛇足】
今日はこれで終わり、と行きたいところですが、最後にちょっとだけ蛇足を。
このホテルカリフォルニアってのは、やたらきらびやかで、みんな酒を飲み踊り狂っているような場所なんです。冒頭部分に「コリタス」というおクスリが出てきましたし、ひょっとしたらみな、ラリっているのかもしれません。
その後、物語はこう続きます。
ぼくは責任者を呼んだ
「ワインを持ってきてくれないかい」
しかし彼は言う「そのようなものは1969年に失われてしまいました。我々はもう、空っぽも同然なのです」
笑い声は遠くに響き続ける
1969年ってのは、ヒッピー文化などに代表されるカウンターカルチャーの最盛期ですね。クスリなんかもガンガンやっていた時期です。
日本でもこのころは、アメリカの影響を受け学生運動とかが盛んでした。それがピークを迎え、しぼみ始めた時期でもあります。象徴的な年なんですよ、1969年ってのは。ホテルカリフォルニアとはだいぶ色合いが違いますが、村上龍なんかはこの頃の体験を『69』という作品で非常にポップに描き出しています。
「そのようなものは1969年に失われてしまいました。我々はもう、空っぽも同然なのです」という一文。それは、1969年を境に何かが失われ、堕落が始まったことを示唆しているのです。
そして、曲はこう終わります。
最後に覚えていることは、ドアへ向かい走ったことだ
元居た場所へ帰るための道を探さねばならなかった
落ち着いて、と警備員は言う
我々は受け入れるようにできている
きみはいつでも好きなときにチェックアウトできる
けれど、決して離れることは出来ないだろうけどね!
なんか怖い。ふわふわした歌詞なのに、実感を持った怖さを感じます。一度迷い込めば抜け出せない。自分自身の胸に手を当ててみて、思わずドキリとします。ちょっと少しだけ、と働き始めたはずなのに、気づけば数年。「なんとなくいいかな」と思いズルズル生きていたサラリーマン時代の自分を思い出してしまいます。
もちろんこの解釈が正しいのかはわかりません。
というより、「正しい解釈」なんてのは人それぞれで良いと思います。そしてこの歌は、様々な解釈に耐えうる非常に優れた歌ですので、ぜひ、英語の勉強抜きでも聴いてもらいたい。ついでに英語も学んでもらいたい。そんな思いで今回取り上げました。
というわけで、半分以上わたしの趣味を押し付けて終わりました今回の記事でした。
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